世紀末の恋の色は
時は十九世紀、ところはどこか東欧の片田舎。


深い所では膝まで沈んでしまう程の雪に覆われた森の小道を、ざくざくと踏み行く影が一つ。

どんよりと曇った夕暮れ間近の空は重苦しく、今にもその欠片を降らせてきそうだ。

大気は身を切るように冷たい。

それにも関わらず、彼は驚く程軽装だった。

黒い細身のズボンの膝まで雪が入らない作りの長靴が覆い、薄手のシャツの上にはベストとジャケットを着込むのみ。

彼の格好は愚かな旅人にしては荷物が無く、このあたりの住人にしては寒さに対してあまりにも無防備過ぎた。

ちら、と彼が見上げた空は落ちてきそうな程の鉛色で、太陽が顔を覗かせる気配すらない。

それを確かめた彼の瞳は輝石と見紛うようなルビーレッドで、僅かに雪混じりの風に艶やかな黒髪がなびく。

黙々と足を運び続ける男に迷いは無い。

おそらく何処かに目的があるのだろう。

彼の行く小道は、蛇行しながら森の奥を目指す。

集落から離れて、深く深く。

そこはまだ人間の領域では無く、獣や人ならざるモノたちの領域だった。

迂闊に分け入るのは自殺行為。

そう知っているのかいないのか、男は歩みを止めない。

彼の視界に映るのは、雪の白さと立ち木の灰色の幹、陰鬱な針葉樹の深緑、そして鉛色の空ばかり。

色褪せた命の気配のない世界を黙々と歩いて行く様は、死者の行軍にも似ていた。

並のものならば精神が押し潰されていたかもしれない。

だが彼は慣れたものだと言わんばかりに足を進めて、やがて永遠に続くと思われた木立ちが僅かながら途切れる。

同時に彼は足を止める。

少しの木々の切れ間には、生木の柱が建てられていた。

まだ新しい木の匂いが鼻をくすぐるが、彼の注意はその柱に括られたものにあった。


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