世紀末の恋の色は
「俺がこれを美味いと思うのは、これがドイツ生まれだからだろう」


ワインの本場フランスよりも、ドイツは寒冷で気候条件が厳しい。


「ブドウを作るにも、雨で流れた斜面の土を戻し、朝から晩まで身体を酷使して、疲労のまま泥のように眠る。そんな日々の結晶がこの味だ。
 一日一日、この農夫は朝に生を受け、生きる為に幼子が乳を飲むように朝の糧を取り、昼は若者達が明日の糧を得る為に働くようにブドウの世話をし、そして夜は老人たちが穏やかな眠りにつくように眠って、一日を死で終わらせる。
 このワインにはそんな農夫の人生が凝縮されている。だから、不味い訳がない」


そんなアルフレートの表情は嬉しげな分切なげで、レナは目を放せなくなる。

しかし彼女にはなぜ彼が切なげに見えるのか、その理由が分からない。

部屋にしばしの沈黙が降りる。

風のない夜には、蝋燭の芯の燃える音しか聞こえない。

眠ることを死だとアルフレートは言った。

一日はそのまま人生のようだ、とも。

朝生まれ、昼を生き、夜に死す。


「ねえ……じゃあ夜眠れなくなった人間は、どうなるの?」


一日を安息の死で終えることの出来なくなった人間はどうなるのか。

彼女の問いに、アルフレートは少し目付きを険しくした。


「段々と人ではなくなっていくな。例えば他人を犠牲にすることを厭わなくなる」


あ、とレナは息を飲む。

まるで自分の村の人間のようだ。

吸血鬼に夜の安息を脅かされ、自分を犠牲にするのも厭わなくなった。


「夜に眠らぬのは、死を求められない異形のみ。
 ゆえに人間が安息の夜を奪われれば、彼らの気に当てられて徐々に理性を失ってしまうだけだ」


だから酒の力でも借りて寝てしまえ、とアルフレートはレナのグラスを何度目か満たした。

頬を染める熱が脳を溶かす。

そのうちにどんどん何も考えられなくなっていく。

ただ、自分に安息をくれたのはワインじゃない。

狭まりゆく思考の中に浮かぶ。

レナに安息を与えたのは。

ソファに崩れ落ちたレナを見て、アルフレートは少しばかり赤い瞳を陰らせた。



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