世紀末の恋の色は
しかし、嫌いでないことと好きであることは、必ずしも同義ではない。

アルフレートからすればレナは、指先であしらえる羽虫のような存在なのかも知れないのだ。

昨晩のことが気紛れであったなんて、十分に有り得る話だろう。


「……私、まだ分からない……かな」


彼女自身の気持ちも、それ以前にアルフレートのことが。


「実際、どうして私を助けてくれたのかもまだ分からないし」


吸血鬼の怒りを買えば、八つ裂きにされるだけではすまないだろうに。

しかしアルフレートは見ず知らずのレナを助けた。

その見返りを要求しないばかりか、ずっと客人の待遇に処している。


「……確かに、アルフレートがレナ様をこの屋敷にお連れになった時は驚きましたよ」


セシルの声に、レナは顔を上げる。

だって、そう続けるセシルはやはり楽しげに。


「アルフレートはあまり人が好きじゃありませんから。
 僕も長年側にいますが、レナ様のような女性を連れて来たのは初めてです。
 あ、僕の名誉の為に付け加えますが、僕とアルフレートはそういう関係ではないですからね」


確かにそれは少し考え難い。

仮に二人がそんな関係ならば、セシルはレナに笑いかけたりなどしないだろう。

それより彼女が気になるのは、やはりこちらの方で。


「ますます分からない。人が好きでないなら、どうしてアルフは私を救ったの?
 彼にとって何か利点があるとも思えない……」


晴れた空の瞳に雲がかかり、セシルは海の瞳を小さく伏せる。

言いたいことが言えないなんて、良くあることだ。

降りてしまった不自然な沈黙を取り繕おうと、セシルは再び微笑った顔を作る。


「まあ、このお屋敷におられる間はあまり難しいことをお考えにならないで下さい。
 アルフレートもきっと何か理由があってレナ様を連れて来たのでしょうし、急に貴女を放り出すほど冷たい人間でもありませんから」


それよりお食事をどうぞ、と促されて、レナはのろのろとスープにスプーンを突っ込む。

話の間に、その熱は宙に溶けてしまっていた。



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