世紀末の恋の色は
ばたん、と主人が、アルフレートが扉を開く音がしても、セシルは暫くその場から動かなかった。

ちらりと見渡した屋敷の中は斜陽の生んだ影に満ちている。

レナはまだ戻らない。

おそらく予想通りに、村の方へ行ってしまったのだろう。

どんな感情を込めてか、セシルは一つ息をついた。

仕向けたのは自分であるはずなのに、無事を願わずにはいられない。

なんて二律背反、とセシルはいつものように笑ってみようとする。

上手く笑えないのは、アルフレートの訪れが遅いせいにして。

レナがやって来る前以上の、不自然な程の沈黙の狭間にアルフレートの足音が響く。

決して慌てた素振りなど見せず、あくまで一つ一つの足音は威厳を保っている。

だが、アルフレートが開口一番にセシルに訊くであろうことは、手に取るように分かっていた。

重い音を立てて木製の扉が開く。


「おやおや、今日は特別遅かったですね、アルフレート」


微笑を浮かべたセシルの軽口に対してアルフレートは答えない。

表情の読めない赤い瞳がセシルを見た。


「レナの気配がないな。どうした」


ああレナ様なら、とセシルは笑う。


「お一人で散歩に出られたいとおっしゃられましたので」

「……教えたか?」


いいえ、セシルはあっけらかんと言う。

が、その瞬間、アルフレートの周りの空気が燃え上がった。



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