世紀末の恋の色は
唯一自由な首を反らして、奪われた視界でなおも空を見上げて。
「普通の人間として生まれたなら、普通の人間として生きたい。
好きな人と恋に落ちたり、いつかロンドンへ行きたい。そんな当たり前のことを夢見るのも許されないの!?
生きたい……まだ生きたいわよ……!」
縛られてなお、その全身が激しく震える。
心の底から捩れるような悲痛な声。
その本心の叫びに、彼は一つ頷く。
「最初からそう言えば良い。お前がそう望むなら、その他人の犠牲で終わる運命から逃れさせてやろう」
彼の声はあくまで静かなまま。
少女はまた沈黙するが、それは怒りからではない。
きっと布地の下の瞳は驚きに見開かれているのだろう。
「……逃れさせるって、どうするって言うの?
私を連れ去ったら、それこそ吸血鬼に八つ裂きにされるわよ……?」
「八つ裂きに去れる前に八つに裂いてやれば良いだけの話だ」
物騒なことをさらりと述べながら、彼は懐からナイフを取り出す。
「本気……? アイツらと戦って勝てると思ってるの?」
彼はそれには答えない。
代わりにざくざくと少女に近付きながら鞘から銀の輝きを引き抜いて、荒縄を断ち切る。
「あ……」
縛されていた少女の身体がよろめく。
無造作に腕が差し出される。
上手く力を入れられない少女は、足をもつれさせてその腕の中へ倒れ込んだ。
弾みで落ちる目隠しの布。
真白い雪の上に広がる黒い布。
彼は初めて少女の瞳を見つめる。
心持ち涙に濡れた、晴れた空のように澄んだ蒼。
「あ……の、ありがとう」
至近距離で赤い瞳に見つめられ、少女は心持ち頬を染める。
それだけ。
血の色の瞳の異質ささえも、他の恐怖の前で吹き飛んでいるのだろう。
対する彼は表情も変えない。
「何だ、強気な物言いをするかと思えば、結局は怖がりの泣き虫か」
な、と別の意味で少女が顔を染める前に、彼はさっさときびすを返す。
「行くぞ、直に日が暮れる」