世紀末の恋の色は
彼女が慌てて空を見上げている間に、彼はざくざくと歩き始める。


「まっ……ねえ、ちょっと待とうとは思わない訳?」


彼は後ろから飛んで来る声には全く反応を示さなかったが、やがてべしゃ、と尻餅を着く音に漸く振り返る。


「……こっちはあなたと違って、雪道を歩ける格好じゃないんだから」


少女の格好は確かに黒く丈の長いドレスにブーツ、凍死しないようにと着せられた毛皮、確かに動ける格好ではない。

一つ溜め息をつくと、彼は少女の元へ取って返し、そのままひょいと抱き上げた。

子犬のように抱えられた少女は咄嗟に口をひらこうとするが、彼の方が早い。


「大人しくしていろ、手が滑る」


それきり彼は口も開かず森の中を進み始める。

居心地の悪さに身を竦めていた少女は、やがてあることに気付いておずおずと自分を抱える男を見上げる。


「あの……ところであなた、誰?」

「人に名を尋ねるならまず自分が名乗れ」


赤い瞳が蒼い眼を捕らえる。

その唇にほんの少し、微かな笑み。

少女は慌てて目線を外しながら告げた。


「……私はレナ。あなたは一体誰?」


ふて腐れたような声色に構わず、彼は彼なりに愉快そうな表情を崩さない。


「俺は……」


日暮れ間近の冬の森。

寒さはいよいよ増しているのに、軽装の彼は震えもしない。

赤い瞳が背後を見やる。

深い森の更に奥から、夜の気配がやって来る。





Fin.
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