【天使の片翼】
・・イリア。待っていてくれ。もう少しだ。
目深に布をかぶり、男は永遠に年をとらない思い出に語りかける。
20年もの間、待っていたのだ。
今更、一日や二日の我慢ができないわけがない。
また明日、この街を訪れることにして、男は陣を張ったかりそめの主の下へと急いだ。
・・あのじゃじゃ馬相手に、ソードも苦労しているだろうな。
男の脳裏に、くったくなく笑いかける少女の姿が浮かぶ。
憎んでも憎み足りない仇(かたき)の娘。
本当に、一国の王であるカルレインが娘のために、わざわざホウトまでやってくるだろうか。
脅迫状には、一人で来るように書いておいたが、王女は二人いるのだ。
ルビドならば、たとえどの子供が誘拐されようとも、顔色一つ変えずに無視するに違いない。
カルレインの溺愛ぶりは、有名だが、
だからといって、自分の命をさらしてまで助けに来るほど無謀な男のわけがない。
・・いや、あの男は必ず来る。
まるで恋人への無償の愛を信じるかのように、男はカルレインが娘を助けに来る事を盲目的に信じきっていた。
それは、何年にも渡り、カルレイン一家について調べたことからくる確信であるような気もしたが、
ひょっとすれば、たんに娘を見捨ててほしくないという願望が見せる幻だったのかもしれなかった。