【天使の片翼】
「ノルバスが攻めて来る少し前に、俺の両親は他界し、
俺は大規模な農家で、小作人として朝から晩まで酷使されていた」
小作人。
ファラは、聞きなれぬ単語に耳を止めた。
確か、自分の土地を持てずに、単純に労働力として雇われていた人たちのことだ。
カルレインが王になるまでは、カナンにはそういう制度があって、
たくさんの人たちが辛酸をなめていたと。
「あの日は、朝からひどい雨が降っていた」
シドは、両腕を頭に抱えて、瞳を閉じた。
たくさんの軍馬。
地を割るような激しい足音。
見たこともないような、いかつい男たち。
その先頭をきって駆けて来るのは、圧倒的な威圧感を持った、若い男。
疾風の黒鷲と恐れられるノルバス国の王子が、軍を率いてやってくる。
それは、もう何日も前から流れている噂だった。
裕福なものの中には、我先にと逃げ出すものが大勢おり、
シドの雇い主も、金目の物を持って真っ先に逃げ出していた。
残されたのは、貧乏人や女子供--。