【天使の片翼】
雨の中、濡れることも厭わず、少年は、暗い夜道を一目散にかけていく。
目的の家まで、あと少し。
『イリア!』
少年は、扉を叩くことも忘れ、部屋の中に飛び込んだ。
『シド。一体どうしたの?』
突然の来訪者に、イリアと呼ばれた少女は、水晶のような瞳を大きく開く。
『このへんの大人たちは皆、逃げ出したよ。君を迎えに来たんだ。
早く逃げよう。ノルバス軍がもうそこまで来ているって!』
シドのずぶぬれの手足と吊り上った眉を見て、イリアは、緊迫した状況を察した。
しかし。
『父さんがまだ国境の砦に残ってるわ。
王様の命令で、ノルバス軍をくいとめるって言ってたもの。
父さんを置いて、逃げられない』
イリアの父は、国境の警備の強化のために、数日前から家を留守にしている。
このまま別れてしまっては、連絡を取る手段を失う。