【天使の片翼】
シドは、数拍思案した後、すぐに決心してイリアを見つめた。
『わかった。砦に行って、おじさんも一緒に逃げよう』
『けど』
住み慣れた我が家を離れる事を、イリアはためらった。
亡くなった母の匂いが残る柱。
使い込んだ粗末な椀。
シドは、肩で息をしながら、躊躇するイリアの腕を引く。
『一刻を争うんだ。急いで支度して。
ノルバスの兵に何をされるかわからない。とにかく逃げなきゃ』
『・・わかったわ』
シドの切羽詰った声に押されて、イリアは大急ぎで旅支度を整えると、
厚手の外套をはおった。
父の分の着替えを持つと、お互いの小さな手をしっかりと握り締める。
『よし、行こう』
『どこへ逃げるの?』
『ノルバスの方へも、カナンの方へも逃げられないから、南に下るしかないと思う。
ホウト国の方角だ。あそこは、王妃様の生まれ故郷だし、きっと何とかなるよ』