【天使の片翼】
あの日。
シドが自ら命を絶った場所で。
ファラは、それが悪い夢なのではないかと、何度も自分に確認した。
けれど、何度確かめても、それは現実以外の何者でもなくて。
シドがあっという間に激流に呑まれて流されていくのを、
ファラはただ呆然と見ているだけだった。
それは、他の誰もが同じことで。
思わずシドの傍へ歩み寄ろうとして、崖から落ちかけた自分の体が、
ソランに抱え込まれたのだけは、はっきりと覚えている。
駄々っ子が、自分の望みがかなわなかったときのように、
ただただソランの腕の中で、じたばたと暴れていた。
雪だ、という誰かの言葉に、天を仰ぐまでの間ずっと。
気温の低下を予測してのことだろう。
岩陰に火をおこす準備がきちんとされていて、ファラたちは凍死せずにすんだ。
誰も、何も言わず、重苦しい沈黙のまま朝を迎える頃には、
空はすっかり晴れ渡り、前日との気温差が40度近くになった。