【天使の片翼】
カナンの夜がゆっくりと更けていく。
多少の気温の変動はあっても、ホウト国のような寒暖の差はない。
そしてまた、夜の闇の色もホウト国とは違って見えて、
ファラは誘われるように露台へと足を伸ばした。
満天の星は、手を伸ばせば届きそうなくらい近くに見える。
この星のどかかに、自分の両親が眠っているのだろうか。
そして、シドと彼の幼馴染も。
過ぎ去った思い出と対面しようか悩んでいたとき、ふいに聞きなれた声がした。
「ファラ。ちょっといいか」
それは、ちょうど露台の斜め前方に生えている、大きな木の中から聞こえてくる。
ずっと遠い昔、ファラが城から抜け出すのに使っていた木だ。
「ソ、ソラン?」
声は聞こえるが、姿が見えない。
どうやら茂った葉っぱの影が邪魔をしているようだ。
もう一度、念を押すように、いいか、と聞かれ、ファラはいいけど、と答えた。
その返事を待って、ソランは、木の枝からまるでムササビが飛ぶように、
寝台の中へひらりと飛び移ってきた。