【天使の片翼】
それからさらに数ヶ月を経たカナンの城は、いつもと違う様相を呈していた。
すでに、太陽が沈んでからずいぶんと時間が経過している。
満月がぽっかりと顔を出し、城の随所に灯された灯りが遠くからでも見渡せるその時刻。
いつもなら、城の人々は寝台へと体を沈めているはずなのだが、
今夜はまるで真昼のように、大勢の人間があちこちを走り回っている。
「しっかりしろ、リリティス」
時折辛そうに顔をしかめるリリティスの手を握り、カルレインが小さくつぶやく。
まだ始まったばかりの陣痛は、間隔も長く、一度おさまれば次の痛みがくるまで普通に会話ができる。
「母様」
不安げな声を出して、ファラはカルレインと反対側のリリティスの手を取った。
弟が産まれたときはまだ幼くて、ファラの記憶にはない。
「大丈夫よ、ファラ。きっと無事に産まれてくるわ」
リリティスは片腕にファラの頭を抱きかかえる。
数名の侍女以外とともに、リリティスの傍らにはカルレインとファラ。
寝台の周りには、3人の子ども。
そしてなぜか、少し後ろに、ソードとレリー、それにソランの姿がある。