【天使の片翼】
「私、びっくりしました。赤ちゃんを産むのがこんなに大変だって、知らなくて」
触れたくない話題に、ソードは胸の中の霧が、ますます濃くなっていくように感じた。
それを知ってか知らずか、レリーは自分に言い聞かせるように話を続ける。
「私、小さい頃、母のことがあまり好きではなかったんです。
というか、あまり一緒にいなかったから、肉親の情みたいな特別な感情を抱かなかったというか」
レリーの父は早くになくなり、彼女の母はソランの父に仕えながら彼女を育てた。
レリーの記憶に残る母の姿は、いつも忙しそうに働く背中だ。
「愛されてなかったんだろう、ってなんとなく思ってたんですけど」
片手を頭にやると、まとめた髪を撫で付けながら、レリーは窓に目をやる。
ホウト国の射すような陽射しと違い、とても柔らかなそれは、まるでこの国の人々のようだ。
「今日、それが違ってたってわかったんです」
「違ってた?」
ソードは興味を惹かれ、思わず上半身を弓のようにそらした。