【天使の片翼】
ファラはすぐに正面に向き直る。
リリティスは、ファラの横顔にずいぶんと大人びた印象を受けた。
視線の先にあるのは、きゃっきゃっ、と楽しそうに笑い声をあげる妹の姿。
「母様。私ね、本当の母様の記憶がちょっとだけあるんです」
リリティスは目を見開いた。ファラの母が死んだのは、彼女が2歳の時だ。
まさか、と思った。
「私、殺されかけたんですよね。本当の母様に」
言い切るファラの言葉に、リリティスは息をのんだ。
ファラの母親は幼い娘とともに無理心中をはかったものの、
やはり、ためらいがあったのか、娘の命だけはかろうじて救われた。
そのことを知っているのは、片手で足りるほどの人数だ。
おしゃべりなルシルは知っているものの、彼女がいざというときは誰よりも信用が置ける人間である事をリリティスは知っていた。
口を滑らせるはずがない。だから、ファラの言っていることはおそらく本当のことなのだろうと、リリティスは思った。
「ずっと夢なのかな、って思ってたんだけど。
ホウトに行ったときに、部屋から窓を開けたらすごく寒い暗闇を感じたことがあって。
その時、なんとなくだけど思い出したんです。
あぁ、私、死の恐怖を感じたことがある、って」
「ファラ」
胸が締め付けられる思いがして、リリティスは立ち上がると椅子に腰掛けたファラの体を胸の中に抱きしめた。