【天使の片翼】
「わからないわ」
女は、俯いて、立ち上る湯気に目をやる。
実際、わからないと答えるしかなかった。
叔父たちがホウト国に亡命した後、彼女は、一度として連絡を取ったことはない。
カルレインがカナンの王に即位したとき、抗議の声が上がるかと思われたが、
それもなかった。
おそらく、隊商の道がカナンを通過しているため、
当時のホウト国王が両国間の友好関係を、優先したのではないかという話だった。
「叔父様や叔母様にとっては、私は、カナン国を奪った憎い相手でしょうし。
うわさでは、私のいとこであった方に、ご子息がいらっしゃるとか」
降り始めた雨に気づき、銀色の髪をした女が窓に近づいた。
・・もしも、カルレイン様がカナン国の王でなかったら、
今頃はその方が王であったかもしれない。
ひょっとして、カルレインはそのことも考慮に入れて、ファラをホウト国へやったのだろうか。
両国間の火種は、いまだにくすぶっている可能性もある。
表面上の外交とは違い、人の感情というものはひどくやっかいなものだから。
女は窓から、南の方角を眺めた。この先には、ホウト国があるはずだ。
雨に煙る広い空は、もう一人の愛する娘のところまで、続いているのだろうか。
窓の閉まる音が、パタンと湿った音を響かせた。