飛べないカラスたち
肌寒い風が街を、少年を、名も知らぬ人々を、追いこしてゆく。
遠くから呼び声が聞こえて、少年はつま先に向けていた視線を上げる。
その先には夕焼け色の髪を鎖骨辺りまで伸ばした金眼の青年が、立てかけているバイクに凭れながら少年に向けて笑いながら手を振っている。
ジーパンに、羽毛の入った白のファージャケット。そして黒のタンクトップにシルバーの太い鎖のネックレス。ペンダントトップにうそ臭い十字架が吊り下げられている。
ジャケットの裏にシルバーの自動式拳銃が忍ばされていることを知っているのは、この場では少年だけだろう。
少年は少しだけその足取りを速めた。本当に、少しだけ。
「お疲れ、変なヤツに話しかけられなかったか?ルック」
「別に」
「ははっその機嫌から察すれば掛けられたのか。削除音が聞こえなかったってことは消さなかったんだな、偉い偉い」
「子ども扱いしないでよ、クロウ」
178cmのその長身は嫌味たらしく少し屈んで、わしゃわしゃとルックの髪を撫でる。
先ほどから顔に表れていた不愉快をより一層色濃く表して、ルックはクロウの手を片手で払う。
しかし、18歳のクロウにはたった2歳差とはいえ、16歳のルックが子どもに見えて仕方ない。
火に油を注がないように、クロウは「ハイハイ」と大人しく手を離して、凭れていたバイクに引っ掛けていたヘルメットをルックに投げ渡す。
シルバーのヘルメットを手馴れた手つきでつけるルックと同じく、黒のヘルメットをつけるクロウ。
特に何の掛け声もないまま、クロウはバイクに跨るとハンドルを握り、ルックはその後ろに腰を下ろす。
何の合図も無いまま、発進。
その後はただ、冷たい風と喧しい排気音。
それでもルックは排気音が嫌いではなかった。脳髄に響くあの消去音を、ひと時でも忘れることが出来るから。
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