飛べないカラスたち
狭い狭い世界の中で、与えてくれる唯一の体温を持つ物体は、暖かさよりも痛みを与え続ける。
逃げれば誰かが助けてくれるとは思わなかった。叫べば誰かが助けてくれるとも思わなかった。
逃げれば必ず母親は追いかけてくる。叫べばうるさいと殴られる。
何年も何年も、母親に怯え続け、母親の愛情に餓え続けた生活を強いられていれば仕方なかったのかもしれない。
食事もろくに摂らず、睡眠もろくにとれず、クロウは段々と幻覚を見るようになった。
もしかしたら度重なる虐待で脳神経に支障をきたしたのかもしれない。
その幻覚は猛毒とも呼べるほどに甘美なもので、きっかけはクラスメイトが話していた話だ。
両親と買い物に出かけた、だとか、両親とテーマパークに行った、だとか。
そんな経験をしたことがないクロウは、何気ないクラスメイトの日常を微かに羨んでいた。
思い出すのは通信用のテレビで時たま目にしたショッピングモールやテーマパークの中で、両親と手を繋いで笑っている見知らぬ子供たち。
そんな子供たちと自分を重ねた。
想像すれば、涙が溢れた。
自分と、母親があんな煌びやかな場所で手を繋いで歩いている光景。
ショッピングモールでは、母親は自分を見て声だけじゃなく目も本当に笑っていて、荷物を持つクロウの頭を撫でてくれて、罵倒なんて一つもしなかった。
テーマパークでは、はしゃぐクロウを追いかけて、その手を掴む。勿論、引き寄せて殴りつけたりしない。『転ぶわよ』と言いながらその手を引いて一緒にいろんな乗り物に、乗る。
そこには父親なんてものはいなかったが、それでも十分幸せだった。