飛べないカラスたち
クロウは、笑いながら歩き出す。
目の前に、綺麗な観覧車が見えたのである。
「母さん、次は観覧車に乗ろう」
母親はにっこりと笑って頷いた。
どこか遠くでドアが開くような音が聞こえたが、クロウの耳には届かない。
クロウは真っ直ぐ、観覧車へと向かうとそのドアを開いて乗り込むと、後ろで立ち止まっている母親を見て笑って手を伸ばして、言った。
「ほら、母さんも、早く………」
そして、落ちた。
三階から庭へ。
「……アヤ…?」
仕事から帰ってきてクロウを探していた母親は、ベランダに出ていたクロウの、どこか焦点の合わない目と、力ない声と、暫く見ていなかった笑顔と、徐々にその姿が消えていくその一部始終を見て、随分と久しぶりにその名を呼んだ。
その後のことはクロウは勿論、母親もあまり覚えていない。
ただ母親が覚えているのは救急車が来て、クロウが集中治療室へと担ぎ込まれ生死の狭間を彷徨っていた頃、大勢の人間が自分の体を押さえつけ、何かをわめき散らし、注射を勝手に打ったこと。
そして漸く先ほどから咽喉が痛く、声がかすれていることに気付いた。
母親はその場で児童虐待の容疑で現行犯逮捕。
数週間後に目が覚めたクロウは母親の虐待については何も言わなかった。
自分が悪かったのかもしれない、と思うのも反面、見ず知らずの人間とテレビ越しではなく直接接する機会が少なかったので極度の人見知りと警戒をしていたのである。
話さないクロウに、医師たちは簡単なテストと検診で容易に虐待行為があったことを明らかにさせ、そしてクロウは母親と離れ離れになった。