てとてとてと
『いってきます』


 二人揃って玄関を出た。

 彩音が作った料理は今朝も美味しく、
 真一郎さんと褒めちぎっていると、
 すっかりいつもの登校時間だ。

 ――ピンポーン。

 ちょうどいいタイミングで呼び鈴が鳴る。
 こんな時間に尋ねてくる相手は、長年の幼なじみ以外に知らない。


「おはよう、こーすけ、彩姉」


 玄関を開けたとたん、独特のイントネーションで呼ばれる俺と彩音。


「おはよう。いつも通りね」


 朗らかに笑いながら、幼なじみに挨拶した。


「おはよう茉莉。今日もお勤め、ご苦労様」


 幼なじみの桐沢茉莉。
 彩音と一緒に過ごしてきた一人。

 最も、茉莉はただの幼なじみとは少し異なる。それは彩音も同じだが。


「ぶぅ。お勤めなんて言い方、いやだなあ」

「悪い悪い。善意でやってくれてるのにな」


 茉莉はほぼ毎朝起こしに来てくれる。
 遅刻しないようにという配慮で、中学に入学してから一緒に登校していた。


「善意だけでもないんだけどな」

「何か言った?」

「べつに!」

「幸介君は罪作り、という話よ」


 意味が分からない。
 首を傾げていると、ばしんと力強く肩を叩かれた。


「さあ、急がないと遅刻するぞ」


 真一郎さんだった。
 仕事に出かける時間にも関わらず私服姿のおじさんを見て、茉莉はお辞儀した。


「おはようございます。おじさんは仕事じゃないんですか?」

「当たり前じゃないか。子供たちの晴舞台に立ち合わない親がいるかい、いやない! 反……!」


 ――ごっ。


「恥ずかしい親でごめんなさい」


 台詞と同時に側頭部にカバンの角がめり込んだのは、見なかったことにしよう。

 茉莉も同じように苦笑いしていた。


「それじゃあ、おじさんも見に来るのね」

「茉莉はシスターが来てくれるんだろう?」

「折角の晴舞台だからって、張り切ってたよ」

「うちの親と同じですね」


 まさかこの日のために最新の一眼レフカメラを衝動買いする親がいるなんて。


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