言霊師
慎は蝶の頬に触れ、冷たい、と一言漏らした。


「ずっと此処に居るつもりか?」


「いえ…あの…さきほどは、もうしわけございませんでした。」


「謝る事はない。…さっきは僕が言い過ぎたよ。

ただ、一つ、約束してくれるかな?」


障子を閉めると、慎は少しだけ眼を伏せて笑った。
頭一つ低い彼女の髪を整えると、その耳元で低く囁く。


「―――あの時の事は、二度と口にするな。

…僕にとって、お前は特別な存在なんだ。失いたくない。」


「―――……」


分かるな?と、付け足す彼は、甘さと酷白さを孕んだ、酷く歪んだ美しい笑みを湛えていた。

凍り付いたように表情まで固めた蝶にそれ以上声を掛ける事なく、再び慎の姿は屋敷の中へ消えて行った。
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