言霊師
その言葉を聞き、氷理は悟ったのだ。一言主は、二人の思い出を贄にしたのだ、と。

―――愛している、と彼からの言葉を伝えた所で、彼女は何も覚えてはいない。

ならば、それは自分の役目ではない。大事な事は、本人が言うべきだ。
一言主の口から言えば、夢芽が何かを思い出すかもしれない。いや、思い出すはず。
氷理が出来るのは、貴女は神と想い合っていたのだ、と夢芽に教える事ではない。


「一言主の神から、貴女の名を正しく教えて頂きました。」


今の自分にできるのは、慎を打ち倒す事。
神と人、血の誓い…元より複雑な関係の二人だ。口を挟むのは賢明ではないと思うから。


「神から?ふぅん…知っていたのね。あ、じゃあ“ヒョウリ”、は正しくはどのように?」


「…氷理、と言います。」


「そう。綺麗な名前ね。」


切なさに痛む胸を、一言主の方がさらに辛いのだ、と抑え込む。と、夢芽が急に顔を曇らせた。


「氷理、ここは…貴方の母親が殺された場所なんでしょう?
この世から離れかけてた時、泣き声があんまりにも情けないから氷理の事考えてたの。…そしたら貴方の母親に会った。彼女、見せてくれたみたい。何があったのか。」


氷理は驚きのあまりカタカタと震える身体を止められず、乾いた唇でやっと言葉を発した。


「かあ…さん、…?」


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