人魚の涙 ~マーメイ・ドロップ~
「―――失礼します」








やはり木造の扉は、情けない音をたてぎこちなく開いた。
部屋の中は朝の清々しい空気と、煎った珈琲の匂いで一杯だった。

僕がキョロキョロと辺りを見渡していると、髪を短めに切り、ナチュラルな感じのパーマがかかった二十代前半くらいの容貌の先生に背後から、声をかけられた。








「―――お、もしかしたら、君は転校生君かい?」

「え、あ…はい」








そうかそうか、と言いながら彼女は飲みかけの珈琲の入ったカップを、散乱した机の上に置き、立ち上がる。








「ふむふむ…、じゃあ今日から私が担任だな。よろしく、転校生君」

「………流斗です。『星野 流斗』」








―――僕の名前を忘れているのだろうか。

その可能性は捨てきれない………どころか、ほぼ確実にそうであったため、僕は自分の名を名乗った。
その証拠に、先生は明らかにホッとしたような表情をし、その後でもう一度笑顔を浮かべた。








「あぁ、失礼失礼。星野な。私は『守永 清水(モリナガ キヨミ)』。改めてよろしくな」








先生はそう名乗ると、変わらず人懐こい笑顔で、僕に向かってすっと手を伸ばした。

僕が一瞬戸惑うと、「握手、握手」と楽しそうに呟いた。

………なんだか、調子の狂う先生だな。
そう思いはしたが、決して悪い人ではなさそうだった。
現に今、僕の目の前にある笑顔が、「私は良い人だよ~」と、へらへらしながら、僕にそう語りかけている気がした。
苛立ちを感じないではないが、あながち嘘でもないらしい。明るく、クラスを盛り上げてくれそうな先生だった。








「―――はい。こちらこそ…よろしくお願いします」








僕も手を伸ばし、差し出された手をしっかりと握った。
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