人魚の涙 ~マーメイ・ドロップ~
「―――おい」








………『おい』?

嫌な汗が額を流れる。僕は切実に願った。どうか神様、この低い声の主が、振り向いた時僕の方を見ていませんように―――。




………しかし、僕は神様から見放された。恐らくこれから僕は、生きてゆく中で宗教というものに縋(すが)ることは無いだろう。

声の主らしい背の高い、短い金髪の青年は、完全に僕を睨みつけていた。空気が震えている―――気がした。








「お前―――転校生か?」

「う、うん。そう、だけど………」








ついていない。

一日目にして、僕の想像していた華やかなスクール・ライフは幕を閉じるのか………。

僕は若干俯いて、ゆっくりと大きく深呼吸して、覚悟を決めた。
次にいかなる言葉が来ようと反応出来るよう、体制を整えた。




………さあ、来るなら来い。
口が達者なのには、自信があるんだ―――。………しかし、変に身構えていた僕に発せられた一言は、意外すぎる程に優しく、温かなもので、僕は拍子ぬけした。








「よろしくな、転校生」

「………へ?」

「いや………だから、よろしく」








僕は思わず大口を開け、間抜け面をクラスの皆の前で披露した。そして、大きく溜息をつく。




―――なんだ、いい人か―――。

僕は胸を撫で下ろした。ああ神よ、僕を見捨ててはいなかったのですね―――。
僕は先程までの考えは既に捨てており、中学で習った様々な宗教の名前を頭の中で反芻していた。
一人でににこやかになりだした僕を、彼は不思議そうに見つめながら、また話し出した。








「………何を感激してんだ?まあ、いいけどよ………。―――俺は、『高沢 隼(タカサワ シュン)』。これからよろしくな」

「あ、いや、こちらこそ!―――僕は『星野 流斗』。よろしく」








僕らは握手を交わした。

胸の中でもう一度彼の名を呼び、記憶に刻み込んだ所で、先生が教室に入って来た。
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