人魚の涙 ~マーメイ・ドロップ~
「―――だから、私の側にいて欲しいの。あなたとならきっと、私はいつかきっと心から笑って、心から泣けるわ」








………頭がぐらぐらしてきていた。思考が上手く働かない。

なぜなら、思いもよらなかった言葉が、彼女の口から洩れたからだ。
それは、僕がいつか彼女に言われたいと望んでいた言葉であり、何より僕を幸せにすることが出来る言葉であった。








「………ダメ、かしら」

「ぼ、僕で………いいの?」

「あなたじゃなければ、ダメなの」








きっぱりとそう言い放つ。

僕の思考回路は働かないどころか、いよいよパンク寸前だった。顔どころか、体中がほてっている気さえしていた。








「―――それなら」








僕は混雑した頭の中を整理し、伝えたい言葉を心で紡ぎ、決意にする。








「僕が美姫さんの為に出来るコト―――何だって、やってみせるよ」








彼女は少し戸惑っていたが、それ以上に嬉しそうにも、僕の目には映った。








「………本当に?」

「男に、二言はないさ」








―――その、次の瞬間。
僕の中の時間が止まった。




背中に回された細い腕と、胸に広がるふんわりとした温かく柔らかな彼女の体の感触。
僕ごと彼女を包みこむ長く美しい黒髪。
目の前に広がる彼女の顔。

僕が、彼女から抱き着かれているのだと気づいた頃には、とっくに僕の意識は事切れていた。












僕は浜辺に大の字に倒れ、海鳥の声と、美姫さんが名を呼ぶ声を聞きながら、朦朧とする意識の中、まだ体に残る美姫さんの感触を確かめ、暗闇へと身を委ねた。
< 49 / 69 >

この作品をシェア

pagetop