人魚の涙 ~マーメイ・ドロップ~
―――彼女は、本当に僕を好いていてくれていた。今の僕にとって、これほどまでに嬉しいことはなかった。

僕は、彼女のその気持ちに、出来る限り答えてあげたい―――いや、答えなければならないのだ。僕はそう、固く誓い、目の前に立つ美姫さんをじっと見つめた。








「………美姫さん」

「え?」








僕は彼女に近づき―――抱きしめた。
彼女は少し驚いていたかもしれないが、抵抗をすることはなく、静かに僕の腰に手を回した。

鼻孔に甘い匂いが入り込む。………女の子って、みんなこんな良い匂いがするものなのだろうか。
僕は甘い香りによりはやる気持ちを落ち着かせながら、一語一語紡ぎ合わせ、言葉にする。








「―――僕も美姫さんと、ずっと一緒にいたいです」

「………ありがとう」








そして彼女は、もう一度胸の中でありがとうと呟くと、少し苦しそうに胸から抜け出した。

僕と彼女は少しの間見つめ合う。その空気に堪えられずに僕が吹き出すと、彼女も照れ臭そうにくすり、と笑った。
僕は彼女を向き直す。








「………それじゃ、また明日ね」

「うん………またね」








手を振り合い、僕達は互いの家に戻っていく。既に日は沈み始め、少し離れると彼女の輪郭は朧気になり、闇の中へと消えていった。








僕は自宅のドアノブに手をかけた。
もう随分と時間は経ったというのに、まだ温かみが残っているように感じたのが少し可笑しくて、僕はまた一人で少し笑った。
< 55 / 69 >

この作品をシェア

pagetop