旦那様は社長

「話はそれだけ。あなたならきっと分かってくれるわよね?」


彼女は最後、あたしにさり気なく釘を刺してそのままホテルを後にした。


自分の言いたいことだけ言って帰るなら、わざわざこんなホテルで会わなくても、近くのカフェでもよかったのに……。


そんなことを頭の片隅でぼんやり思いながらも、気がつくと、いつのまにかあたしは社長の携帯へ電話をかけていた。


不安で……不安で……。

喧嘩していることなんて忘れて、とにかく早く社長の声が聞きたいと思った。


今のあたしにとって一番の特効薬だから。


お願い……繋がって!!

きっとまだ会社で仕事をしている時間。


祈るような気持ちで受話器を握り締めていた。


だけど、とことん今日は社長とすれ違う日だ。


《おかけになった電話は、電波の届かな……プッ》


もう一度、今言ってほしかったのに……。


『大丈夫』『心配するな』って。


こんな公共の場でありえないと思ったけれど、やっぱり涙が溢れた。


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