【探偵ピート・ジャンセン】
60歳代の重厚感を醸し出す
風貌とは逆に気が付けば
いつの間にか背後に立って
いる様な存在感を消す
謎めいた雰囲気を持った
男だった。
最初に目についたのは
その人差し指に填められた
血の様に赤い大粒のルビーの
指環だった。
カードを操る指先が動く度に
妖しく輝きを放っていた。
ゲームの最中、男が不意に
トーマスに語り掛けて来た。
『退屈な時を埋めるには
カードゲームが一番だ‥。』
それは低く重みのある
声であった。
『‥普段はやらないの
ですがね‥。
こうして船旅の最中は時々、
足が向くんです。
御宅はどちらから‥?
商用ですか?』
トーマスが気さくな調子で
男に尋ねた。
男は名をルシアスと名乗り、
ルーマニアの出身で、これ迄、
各地を方々旅して来たのだ
と言う。
二人は、仕事については
特に触れる事もなく、淡々と
当たり障りの無い会話を
交わしていた。
トーマスがこうして
カードゲームに参加するのは
時として思いがけない
ビジネスの話に繋がる
場合があるからだ。
しかし、男はビジネスの
話には一切触れる事は無かった。