【探偵ピート・ジャンセン】
『…ごめんなさい。
でも、本当に急いでるのよ…。
さっきストレッチャーに
軽く引っ掛けてしまっただけ
だから大丈夫よ…。
お願い。黙ってそれを
渡して…。』
ターニャの緊迫した様子に
『わ、わかりました。
じゃあ、此処にサインを…。
お、お気を付けて…。』
ターニャはやっとの思いで
血液パックを手に入れる事が
出来た。
パックを奪い取る様にして
血液バンクの自動ドアを
抜けると再びターニャは
走り出した。
走る度に鈍い痛みがターニャの
脚に広がって行く。
傷は思った以上に深い様だ。
流れ出る血がパンプスに
溜まり、アスファルトを
踏みしめる度に外に溢れ出す。
ビルの陰、路地裏の死角に
身を潜めるとターニャは
一気にパックの中の血液を
飲み干した。
脚の傷口が徐々にフィルムを
逆回転させた様に癒えてゆく‥
ある程度、満たされると、
空の血液パックを投げ捨て、
落ち着くとターニャはまた
走り出した。
漸く傷は古傷の様に薄くなり
痛みも徐々に抜けて行った。
やがてアパートの窓が目に
飛び込んで来た。
壁に沿って螺旋を描く鉄製の
非常階段を駆け登り、
僅かに開いた窓から
部屋に入ると素早く
カーテンを引き、
窓から離れた部屋の片隅で、
ざわつく心を鎮めていた。
暫くして
ピートの眠る寝室を覗くと、
彼は尚、スースーと
静かな寝息をたてて
眠っていた。
静まり返った部屋に聞こえる
安らかな寝息に安堵し、
その姿を見届けるとターニャは
別室のドアをそっと閉じた。