月から堕ちたアリス
ゆらゆらと揺れる水面。



間違いない。



全く手が届かないほど遠いところにあるけど、あれは確かに湖だ。





…でも、あんなの普通に考えたらあり得な―――



「“有り得ない”とか思ってる??」



ラビがあたしの表情を見てそう聞いてきた。



『…当たり前でしょ。』

「ここじゃぁそんなこと日常茶飯事だよ。だってこの世界は、」

『…不条理と非現実の世界、でしょ??』

「分かってんじゃん。」



分かってるつもりだけど…


頭が追い付かない。



「こういうのがここでは普通なんだよ。アリスだって前は何にも動じないでここで暮らしてた訳だし…。」



『………あのさ。』

「ん??」



まだアリスとしての記憶は何一つない。


あるのは有村 優としての記憶だけ。



『あたし、まだアリスの記憶がないじゃん??』

「うん。」

『だから、さ…』

「だから??」

『だから………記憶が戻るまでは、あたしのこと『優』って呼んでくれない…??』

「は?!」



未練がましいと思うかもしれない。


諦めが悪いと思うかもしれない。





でも…やっぱりまだ今のあたしは何も受け止められないんだ。



「それは架空の人物なのに…??」

『うん。』

「こっちのアリスの知り合いが不審に思うよ??」

『構わない。』

「でも………。



――分かったよ…優。」

『…ありがとう。』



何も思い出せていない今のあたしはまだ『優』でいたい。



…だから、






これはあたしの、



『有村 優』としてのあたしの、






















――せめてもの抵抗。
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