姫の導-ヒメノシルベ-
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――…ここまで来れば、大丈夫でしょう…――
その静かな声音と共に、腕を引く力が弱まった。
それを合図に悠唯が足を止めれば、スタルニーの腕も止まる。
地面に、小さな波紋が広がった。
「………」
暗い。
ぐるりと辺りを見回し、悠唯は胸の内で呟いた。
そう。
先の争いから離れる為スタルニーと逃げて来たのだが、その間にも夜の帳は降りてしまっていた。
夜空には、小さな赤い月が、一つ。
その色に寒気が走り、思わず自らの体を抱きしめるようにしていると、スタルニーが小さく息をつくのが耳に届いた。
――…姫、今からここに穴を開けます故、現実世界へとお戻りください…――
「…げ、げんじつせかい…?」
その言葉に間抜けな顔で目をぱしぱしとしばたたかせると、スタルニーから頷くような気配がした。
――…そう、ここは仮想の世界。あの男が創った、貴女を捕らえる為のもの。……貴女はいつの間にか、それに取り込まれていたのです…――
………。
ずいぶんと凝った内容だ。
目を丸くした悠唯は、そんなことを胸の内で呟く。
だがそんなこととは知らず、スタルニーは話を続ける。
――…どうか、現実世界へとお戻りになった後、今まであった出来事をすべて忘れて頂きたいのです…――