危険な二人
鏡がないのでサッパリした自分の姿を見られないのが残念だが、それはもう仕方がない。

俺は、店主時代から伸ばしていたひげを剃り落とすために、近くの水飲み場まで移動した。

ボウフラは水場を好むというが、なあに人間も一緒だ。

水のみ場には、いつだって誰かしらホームレスがいるのだ。

見知った顔はいないが、俺は彼らに軽く挨拶をして蛇口の前に屈み、ひげを水でたっぷりと濡らした。

鏡があればいいのだが、そんなものはない。

ホームレスというのは身だしなみに気を使わない人種のほうが多いものだ。

中には小奇麗にしている奴もいるようだが、生憎とそんな知り合いはいない。

俺は水鏡を頼りに、豪快にひげを剃り落とすことにした。

しかし、一向に地肌が見えてこないのはどうしたことか。

T字カミソリで頬から顎まで軽く撫でてやると、見る見るうちに刃に毛が詰まる。

二度、三度、その頃にはカミソリが毛ダルマになってしまうのだ。

「こいつは骨が折れそうだ」

俺はつい声に出してしまった。

近くにいたホームレスが、こっちを見て笑っている。

「にいちゃん、頑張れよ」

そういわれて俺は苦笑しつつ髭剃りを再開した。
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