道標
陸
陸
「君は知っているかい?」
僕は聞く。
「何を?」
女の子は聞き返す。
「昔ね、そうだなあ、今から五年前かな。この次の駅から少し行った所でね、事故があったんだ」
僕は話す。
「事故?」
「そう」
女の子は考え込む。
「お兄さん、その事故ってどんな事故?あたしちょっと思い出せないから、もしかしたら聞いたら思い出せるかも」
僕は話し始める。
「その事故はね、とっても可哀想な事故だったんだよ」
女の子は真剣な表情で僕の話に耳を傾ける。
僕の話は続く。
「その事故の前の晩、雨が強く降ってね、小さな、本当に小さな土砂崩れが起きてしまったんだ」
電車は走り続ける。
「次の日の朝、鉄道の人達は危険な箇所が無いかどうかを見て回ったんだよ。でも、不運にも、その小さな小さな、土砂崩れとは言えないような土砂崩れを見落としてしまったんだよ」
女の子は口を閉じたまま、僕の話を聞く。
「そして、その日最初の電車が走り出してしまった……その事故のことを、次の日の新聞ではこう書かれたんだ。『電車に乗っていた車掌は重傷を負ったものの、命に別状は無かった。何よりも乗客が少なかったことが不幸中の幸いだった』……彼等は何を見て、何を聞いて何を考えてそう書いたんだろうね」
電車は川の上を走る。
「事故が起こった時、電車の中には一人の乗客が乗っていたんだ。可哀想に、車掌は助かったけど、その人は助からなかった。これが僕の知っている事」
僕の話を聞き終えた後、女の子は悲しそうな表情を作る。
「あたし、近くに住んでいたのに、全然知らなかった……可哀想……」
女の子は少し落ち込む。
電車はトンネルの中に入る。
僕はその言葉を聞いて微笑む。
「君は優しい人だったんだね」
「えっ?」
女の子は驚きの表情と共に、顔を上げる。
「何かに感動したり、心から同情出来る人間は、心の優しい人なんだよ。そう言う人の中には良い人しかいない」
電車はトンネルを抜けて行く。
「お兄さんも心の優しい人だね」
女の子も微笑む。
「そうかな」
「そうだよ」
『次の駅は、』
電車は走り続ける。
『お降り口は左側です』
僕の旅も続く。
今、車内には僕と女の子の二人だけ。