道標



  漆

 駅を出発すると共に、女の子の顔色が悪くなった。
「……恐い……」
 女の子が震える。
「ごめんね。こういう時に、あんな話をするものじゃなかったね」
 女の子が身体を寄せる。
 小さな身体から震えが伝わって来る。
 小刻みに揺れる髪。
 そしてマフラー。
 事故が起こった場所へと近づいて行く。
「手を握っていようか?」
 女の子は小さく頷く。
 僕は右手を差し出す。
 その手を懸命に握る女の子。
「大丈夫。五年前みたいにはならないよ」
 その為に僕がいる。
「君は家に帰りたいかい?」
 女の子は頷く。
「ひとつ、いいおまじないを教えてあげるよ」
 女の子は震えながらも僕を見た。
「おまじない?」
「そう」
 僕も女の子を見る。
「願い事が叶うおまじないだよ」
 そして微笑む。
「お兄さんそれはどんなおまじない?」
「そうだね、紙を一枚貰ってもいいかな?」
 女の子は制服の胸ポケットから、水色の生徒手帳を取り出す。
 最後のページを綺麗に破り僕に渡す。
「この紙に君の想いを漢字一文字で書くんだよ」
「それがおまじない?」
「そう」
 女の子は恐る恐る紙を受け取った。
「想いって、さっき言っていた叶えたい願いのこと?」
 僕は頷く。
「そうだよ。さあ、書くんだ」
 女の子はシャーペンを取り出し漢字を書く。
 そして僕に渡した。
 不意に強い衝撃が僕等を襲う。
 女の子は目をつぶり僕の手を強く握る。
 僕は渡された紙を見る。
 そこには『帰』の一文字。
 電車が鈍い音を立て激しく揺れ、そして傾き始める。
 僕はゆっくりと目を閉じる。
 君の想いを叶えよう。
 そして言う。
「君を無事に送り届ける。それが僕の仕事」
 電車は一度だけ大きく大きく揺れる。
 僕はゆっくりと目を開ける。
 隣りには女の子。
 そして、窓からは変わらぬ紅葉。
「大丈夫かい?」
 電車はいつもと変わらず走り続けている。
 僕は握っていた手を離す。
 僅かに右手に残る女の子の手の感触。
「う、うん。……お、お兄さん今の何だったの?」
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