道標
 僕は微笑む。
「どうぞ」
 その言葉を聞くと、女の子は一呼吸の間を置き、僕の手からハンカチを受け取った。
「ありがとうございます」
「いえ」
 それから女の子は、ふと気付いたように腕時計を見る。
「あっ、もうこんな時間……」
 そして僕を見る。
「すみません。母には七時には帰ると言ってあるので、そろそろ帰ります。あっ、このハンカチ……」
 僕は言う。
「差し上げますよ」
 それを聞くと女の子は少し困ったような表情を見せ、黒いハンカチを見つめる。
 しばらくの間そうしてから、今度は僕を見る。
「やっぱり、きちんと洗濯をして返します。あの……明日の一時頃会えますか?ここで……」
 僕は答える。
「大丈夫だよ」
 女の子は少し安心したような表情を作り、言う。
「それでは明日待ってます」
 女の子はもう一度頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
 そう言い残し、女の子は走っていった。
 ときおり涙をぬぐう仕草を見せる。
 小さくなって行く後ろ姿。
 僕はその後ろ姿を見ながら聞く。
「君の想いは何だい?」


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