道標
捌
捌
「お母さんは何て言ってたの?」
僕と女の子は桜並木の間を歩く。
「最後に子供達に会わせてくれてありがとう、そう言っていたよ」
満開の桜は歩道を埋める。上を見ても空の青を見ることが出来ない。
女の子は立ち止まって桜の花を見る。
「お母さんらしい」
「そうだね」
僕も立ち止まって同じ木を見つめる。
「死んだお母さんに会った時はビックリしちゃった。だって家に帰ったらキッチンのイスに座ってるんだもん」
一年前に会った女性を僕は思い出す。
「ビックリして立ち竦んでたら、いつものようにお帰りなさいって」
僕と女の子の目の前には、他の木よりも少しばかり大きい八重桜の木。
「そして私と八重のことを抱きしめてくれた」
桜色の女の子の頬を一粒の涙が滑り落ちる。
僕は静かにその女の子を見守る。
女の子は頬を濡らしたままで僕を見る。そして微笑む。
「道さんありがとう」
僕も微笑む。
「それが僕の仕事だからね」
風が吹く。木々を揺らし、女の子の髪を揺らす。
女の子は乱れた髪から髪留めを取り外す。
「私の想いはね、桜を見ること」
髪留めを右手に取り、僕にそっと差し出す。
女の子が開いた手の中には、桜の花びらを象った髪留め。
花びらが舞い落ちる。