道標



  玖

「お母さんが最後に見た桜ってここ?」
 僕と女の子の周りには満開の桜並木。
「そうだよ」
 僕は答える。
 女の子は一歩足を踏み出す。そしてゆっくりゆっくりと歩き出す。
「空が青いね」
「そうだね」
 風が吹く。
「桜が綺麗だね」
「そうだね」
 女の子は立ち止まる。
 そして今まで背中を向けていた女の子は、振り向いて僕を見る。
「ありがとう」
 淡紅の頬。桜色の微笑。
 風が吹く。花びらを巻き上げて。
 僕は目を閉じる。
「いいえ、それが僕の仕事ですから」
 温かな柔らかい風が僕の身体を通り抜ける。
 僕は目を開ける。
 もう女の子はいない。
 僕は空を見上げる。
「もしかして道標さん?」
 僕は振り返る。
 そこには制服を着た女の子が、小さなカバンをぶら下げて立っていた。
「久しぶりだね」
 僕は笑顔でそう言う。
 僕の目の前には、深緑色の短い髪を、桜の花びらを象った髪留めで止めている女の子。


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