道標



  拾

「道標さん……お姉ちゃんも……」
 女の子の両目から涙が流れる。
「死んでしまったんだね」
 僕は優しく言う。
 女の子はうつむきながら頷く。
「道標さん、お姉ちゃんに会いたいです……」
 涙を拭きながら女の子は僕に言う。
 僕は一本の桜の木を見つめる。大きな牡丹桜。
「君のお姉さんも、君に会いたかったんだ」
 女の子は顔を上げて僕を見る。それから僕と同じ木を見つめる。
「でも会えなかった。会ってしまえば、自分も君も苦しくなってしまう事を知っていたんだね」
 僕は女の子を見る。
 女の子も僕を見る。
 女の子の両目には涙が溢れている。
 僕は黒いジーンズのポケットに手を入れる。
「お姉さんがね、君に渡してほしいって」
 女の子は差し出された僕の右手を見る。
 僕はゆっくりと手を開く。
 その中には一つの髪留め。
 女の子は小さく声を上げる。
「お姉ちゃん……」
 それは今、女の子が髪に止めている髪留めと同じもの。
 女の子は、僕の手からそっとそれを取ると、少しの間それを見つめ、きゅっと握った。
 そしてそのまま立ち竦む。
 女の子の淡紅の頬は、涙を幾重にも滑らす。
 その頬と同じ色の桜が、僕と女の子の間をゆっくりと静かに舞い落ちる。


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