ばうんてぃ☆はうんど・vol.1〜地中海より愛を込めて《改訂版》
人の話し声が聞こえてくる。確かに営業(えいぎょう)はしているようだ。俺はドアを開けた。ぎいぃーっと、完全にグリスの切れた(ちょう)つがいの音がやけに(ひび)く。
店に入った途端(とたん)、客の大半(たいはん)がこちらに(するど)視線(しせん)を向ける。どいつもこいつも目つきの悪いやつばかりだ。ここは西部劇(せいぶげき)に出てくるサルーンか。俺はクリント・イーストウッドじゃねえぞ。
ひとまず、店の(おく)のカウンターの空いてる場所へつく。ただしシートには(すわ)らない。すばやく動けるようにだ。
「何にするよ」
マスターが声をかけてきた。この手の店の(れい)にもれず、マスターは無愛想(ぶあいそう)だ。お約束通(やくそくとお)りグラスを(みが)いている。
「そうだな。じゃあ……バーボン、ロックで」
「あいよ」
無愛想なマスターはボトルを開ける。
(さけ)(そそ)がれている間にマルケスの姿(すがた)(さが)す。
店の広さは(せま)いのだが、こんな時間なのに人が多いのと、中が薄暗(うすぐら)いせいであまり見通(みとお)しは良くない。
それでも注意深(ちゅういぶか)く、かつ目立たないように見回してみると――
ビンゴ。マルケスだ。やはり読みは間違(まちが)っていなかった。
やつは出入り口近く、ドアの(かげ)になるテーブルに陣取(じんど)っていた。でかいバックパックを(むね)(かか)え、やはりでかいスーツケースを足元に()いている。
なるべく周囲(しゅうい)と目を合わさないよううつむき加減(かげん)でいるのだが、逆に目立っている気がする。
一見(いっけん)すると旅行者風(りょこうしゃふう)のいでたちで、普通の場所にいれば目立たないのだろうが、こんな店にいると完全に浮いてしまっている。
「はいよ。バーボン」
「サンキュー」
酒ができたので金を支払(しはら)い、一口飲む。グラスをカウンターに置き、さていよいよ確保(かくほ)だ。
犯罪者(はんざいしゃ)は生きたまま警察(けいさつ)に引き(わた)さなければならない。そこが一番(むずか)しいところなのだ。抵抗(ていこう)されたときに、いかにして殺さずに無力化(むりょくか)するか。そこがBHの(うで)の見せ所だ。
マルケスに向かって歩き出そうとしたその時、
「おい、そこの兄ちゃん。あんただよ、あんた」
いきなり、大柄(おおがら)でいかにも品のなさそうなひげ(づら)()(ぱら)いに声をかけられた。
「俺か?」
ついとっさに返事(へんじ)をしちまったのが間違いだった。
「そう、あんただよ。あんた、あれだろ? BHだろ? BHのジル・ファングだ」
BHの一言を聞いた途端(とたん)、マルケスがびくっとなるのがわかった。
授業中(じゅぎょうちゅう)居眠(いねむ)りをしていたステューデントが、突然(とつぜん)目を覚ました時のように。
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