【完結】泣き虫姫のご主人様
「ちょっ……待っ」
「もう無理……」
稚尋は、待ってなんてくれない。
それは今も変わらないけど、優しくなったよね。
すっごく優しいキス。
そのキスだけで、その時だけは素直になれる。
本当、変わっちゃったのはお互い様かな?
「…………稚尋」
「……みお」
稚尋の唇から解放された澪は、ほんの少しだけ寂しい気持ちに襲われる。
長い栗色の髪の毛の間から覗くその吸い込まれるような瞳が、澪を捕らえる。
ミツメラレタラ、モウウゴケナイ。
稚尋の口元が、ニィっと吊り上がった。
「…………そろそろ、言ってくれてもいいよ?」
笑顔で澪を見つめる稚尋。
「え?」
「俺が、好きだって」
そう言いながら、稚尋は澪の手首を掴んだ。
そう言えば、前に稚尋にデートに誘われた日、ついに言おうとしたその言葉。
あの時は、稚尋に止められてしまった言葉。
なぜ、稚尋があんな事をしたのか澪にはよくわからなかった。
だって、聞きたかったはずでしょう?
なのに、どうして……?
今も“言って”なんて言ってるけど、その時はもっと後だと思うから。
「嫌い!」
まだ言わない。
“嫌い”
その言葉は素直になれないからなのかもしれない。
それは澪の稚尋へのちょっとした抵抗。
「……素直じゃないねぇ」
稚尋はそう言って、眉を下げて笑った。
……それでも笑うんだ。
ファイト。
ファイト。
校庭からは、体育祭に向けての部活ごとの掛け声が聞こえていた。
本当は、こんな事してる場合じゃない。
「……稚尋、体育祭さ」
澪は気を取り直して、話を変えた。
「ん?」
「私、運動オンチだから……自信なくて」
不安そうな顔の澪を見て、稚尋は言った。
「それなら、条件つけてみるか」
その顔は、何やらあやしい笑顔に包まれていた。