【完結】泣き虫姫のご主人様






 * * *



 澪と雛子は、退場した後、二人でしばらく会話をした。



「そうだ! 澪ちゃん! さっきの好きな人、雛も見たい」


 雛子は笑顔で澪に言った。


「そっ、それは……」



 雛子に、稚尋を見せる。


 こんな可愛い子に会わせるの……?


 あまり、気の進む話ではなかった。



「いいでしょ? お願い! 澪ちゃん」



 雛子はどうしても、と澪に頼み続ける。



「…………」



 澪は言われるがまま、首を縦に振ってしまった。




 その時だった。





 澪たちが向かう前に、稚尋が向こうから来てしまった。



「……澪」



 稚尋に見られてしまった。この美少女を。



 ゆっくりと雛子の顔を覗き込み、澪は言葉を失った。


 雛子が、今まで見たことがないような顔で笑っていたのだ。


 それは、澪でもわかる変化だった。


 そんな雛子を、稚尋は目を細めながら見つめていた。


 澪の眉間に、シワがよる。




「……稚尋?」




 どうしたの?



 そう聞こうとした瞬間だった。



「ちー!」



「ひっ……雛!?」



 目の前で起きている事が、上手く理解できない。





「会いたかったの! ちー!」



「ちょっ……離れろって!」



 雛子が、稚尋に抱き着いていたのだ。



 ねぇ雛子……。




 ちーって?


 どうして稚尋に抱き着いているの?




 どうして稚尋も、雛子を拒まないの?



 澪の心臓が、焦り出していた。


 ただ呆然と、二人の様子を見つめていた澪に気付いた雛子が、横目で澪を見ながら言った。



「紹介するね、澪ちゃん。稚尋は雛の彼氏だよ♪」



 幸せそうな笑顔。



 確かに、澪は稚尋の彼女ではない。



 でも、稚尋は私を好きだって、言ってくれてたじゃない。


 あれは……嘘?



 今にも泣き出しそうな澪に気付き、稚尋は澪を見つめた。



「雛っ……。澪、これは雛の冗談だから」


「えー? ひどいじゃない?」


 ごめんね、稚尋。


 今の私には、何も信じられない。



「彼女……いたんだね?」


「だから違うって!」



「嘘」



 そんな澪と稚尋を見ていた雛子は、クスッと笑いながら澪に言った。




「……もしかして、澪の好きな人は……ちー?」



「…………」



 澪は雛子に返す言葉が見つからない。



「ごめんね? ちーは雛の彼氏だから」



 “雛の彼氏だから”


 雛子はそう言って笑った。



 そこで、澪の疑問が晴れた。

 そうか。


 雛子は、稚尋に会いにくるために学校に来たんだ。



 彼氏、だからだ。


「っ……!」


 澪は溢れる涙を隠すように、その場を逃れた。


 涙が、とまらなかった。


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