【完結】泣き虫姫のご主人様





 情事後、稚尋は無表情のまま、相手の女に言葉を投げ掛ける。







「バイバイ」



 そんな稚尋の顔を、信じられないと言うような顔で女は見た。





 そして一変、甘えた声で稚尋に擦り寄ってきた。








「ねぇ……本当にもう会ってくれないの?」







 めんどくさい女だ。





 呆れてため息をが出る。



 こんな状況も、一体何度経験しただろう。







「あのさぁ? 俺、そういう女って無理なんだよね」






 稚尋の言葉に、女は怒りながら部屋を出ていった。








 後に残るのは、なんとも言えない倦怠感。





 それだけだった。




 稚尋は一人になった用具室で、大きなため息をつく。


 無音の室内からは遠くから部活動の音がする。





 自分は、一体何をしているのだろうか。



 そんなことを考えながら、稚尋は夕方の保健室の扉を開いた。





 案の定、誰もいない。








 稚尋はため息をつき、そのまま眠りについた。







 どのくらい眠っていたのだろう。
 気がつくと、人の気配がした。



「っ……ひっ」






 生徒が部活で汗を流す放課後。





「……っ」




 ………………?



 先ほどから、誰かの泣き声が聞こえる。





 稚尋はカーテンの隙間から、そっとその人物をのぞき見た。



 そこにいた人物に、稚尋は目を丸くして驚いた。




 そこにはなにか悲しいことがあったのか、ひたすらに涙を流し続ける女の子がいた。



 稚尋には、その女の子に見覚えがあった。




 それは、男子の間で噂だった泣き虫な美少女。






 朝宮 澪。


 直接見たことはなかったが、噂だけは知っていた。





 噂の彼女がすぐ隣のベッドで涙を流している。



 この場所からでは横顔しか見えないが、濡れた長い睫毛がしっかりと見える。



 確かに、噂は本当のようだ。





 噂では、彼女は告白しても誰にもOKしてもらえないらしい。


 その真相は知っていた。



 男子たちは皆、“皆の澪ちゃん”などという馬鹿げた協定をつくり、澪を女神のように崇めていた。




 女神のように崇めている彼女が、傷つき、泣いているとも知らずに。
















 小林 大輔も、その一人だった。








< 32 / 155 >

この作品をシェア

pagetop