【完結】泣き虫姫のご主人様
「はぁっ……はぁ……」
息を乱しながら、澪は昇降口までの道を走った。
辺りは薄暗くなっていて、もはや人の気配すらない。
こんな状態で、本当に稚尋は自分を待っているのだろうか。
不安になりながら、澪は稚尋の姿を探した。
そこに稚尋はいた。
信じられなかった。
本当に、いた。
本気なの……?
自惚れちゃうよ、私。
「稚尋…………?」
澪は稚尋に話しかける。
隅で立っていた稚尋は、ゆっくりと振り向き、澪の姿を捕らえた。
そして。
「……澪?」
澪の名前を呼んだ。
心臓が、止まってしまうかと思った。
昇降口の片隅に、稚尋は立っていた。
「……稚尋!?」
澪は稚尋に走り寄った。
「おー、帰ろ」
「帰ろって……もう7時だよ!?」
驚く澪など気にも留めず、稚尋は笑顔で澪を見つめていた。
「んー。まだ靴があったから……待ってれば来るかな、と思ってさ」
稚尋はそう言って、へらへらと笑いをこぼす。
来るかな……って。
来なかったらどうしたのよ。
澪は思わず顔をしかめる。
「あれ? 稚尋……口、どうしたの?」
稚尋の口元は、切れて血が滲んでいた。
「あっ……あぁー、コレ?」
それに気付いた稚尋は、慌ててそれを手で拭った。
そして、苦笑いをしながら言った。
「ちょっと、女の子にね……」
「叩かれたの……?」
稚尋の頬は赤く腫れていた。
そんな頬を隠すように顔を背ける稚尋。
「秘密ー!」
ごまかす稚尋の肩を、澪は叩いた。
それに稚尋はわざとらしくよろけてみせた。
「一人で帰れば? 別に稚尋と帰ろうとか思ってなかったし」
澪は頬を真っ赤にしながらそんな言葉を吐いてしまう。
声が震えていた。
どうして私はこう言う言い方しか出来ないのだろうか。
あの稚尋が、私と帰るために7時になるまで待っていてくれていたのに。
少しくらい優しくしてあげてもいいのかな。
そう、素直に言えればいいのに。