【完結】泣き虫姫のご主人様






 * * *




『はぁーあ! 彼氏欲しいな』




 暎梨奈は中学に入学したばかりだった。



 澪と出会って仲良くなる前だ。



 その頃は、ちゃんと泣けたし、本来の笑顔だって持っていた。



 人を憎むなんてことはありえなかった。



 一学期が始まってすぐに、稚尋が声をかけてきた。



『お前……俺と付き合わない?』




 暎梨奈は彼氏という肩書きが欲しかった。



 そんな浅はかな考えで、稚尋との交際を承諾した。



 けれど、幸せは長くは続かなかった。




『えり』



 表情一つ変えないで、稚尋は暎梨奈を見つめていた。



『何……?』



 暎梨奈は知らなかった。


 もう、稚尋の瞳に暎梨奈が映っていないことに。



 知らなかったからこそ、稚尋を愛することが出来たのに。




 ある日、見てしまったのだ。



 暎梨奈の知らない稚尋を。



 その日、具合が悪かった暎梨奈は保健室を訪れた。




『先輩…………』




 すると、中から稚尋の声が聞こえた。



 不思議に思い、暎梨奈は稚尋に声をかけようと思った。





 しかし、暎梨奈は浅はかだった。


 次の言葉を聞いた瞬間、暎梨奈は凍り付いた。




『稚尋君……』



 女の子の声。



 稚尋君…………?



『先輩……可愛い』



 稚尋の声。


どういう事……?



 暎梨奈は考えるより先に、体が動いた。



 何も考えられなくなり、暎梨奈は薄いカーテンを勢いよく開けた。



 そこには女の子と親しげにじゃれあう稚尋がいた。



 見た目から上級生だろう。


 稚尋はため息をつきながら、暎梨奈に言った。




『……何、えりじゃん』



 その瞳は、面倒くさそうに、呆れているようにも見えた。



『何、してんの!?』



 暎梨奈は悔しさで涙が込み上げた。



『何って……見てわかんない?』



 わかるよ。


 えりに黙って浮気してたんでしょ?


 開き直るの?



『彼女はっ!! えりでしょ!?』




 その人は誰?



 ねぇ、稚尋。違うって言って。


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