現実(リアル)-大切な思い出-
「…」


「事情なんて知らなかった俺は、水月の苦しみに気付けなくても仕方ねぇと思う。そのことに関しては、たとえ責められても、謝る気なんてねぇよ。けど、俺は水月を疑った。水月の優しさを疑ったんだ」


「‥そんなの当たり前‥「だと、俺も思ってた」」

火月は俺の言葉を遮り、言葉を続けた。

「そしてあの優しさは全て嘘だったと、そう結論付けた。けど、それは間違ってた。水月の優しさを否定することだけは、しちゃいけなかったんだよ。あの頃の日常が“嘘”じゃねぇことくらい、俺には判っていたはずなのに‥俺は信じきれなかった。俺は一緒に過ごしてきた水月の存在を全て否定したんだ。だから‥ごめん…」


顔を歪めて謝罪する火月を見れば、声を出すことさえできなくなってしまった。


火月は昔からそうだ。


自分勝手で周囲を振り回すくせに、自分が悪いと思わなければ謝りもしない。

それなのに、自分が悪いと思えば、躊躇することなく「ごめん」が言える。


良く言えば純粋。

悪く言えば不器用。

この汚れきった世界で生きるには、損な性格だろう。

しかし俺には、それが何よりも羨ましかった。


優しすぎる火月の存在は、俺には毒でもあった。

火月の優しさに触れるたびに、俺は自分の醜さを感じさせられていたのだから…。
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