She and I・・・
応接セットに大宮夫妻が立って待っていた。

「お帰り、奈良くん。良く帰ってきてくれた」
年老いたとはいえ威厳は以前のままの大宮教授が口を開いた。
千夏のお母さんの方は、僕の顔を見るなり、
目に涙がたまりはじめてきていた。

相変わらず美しかった。
良い年の重ね方をしたのだろうと思われた。

「お茶を・・・」としぼりだすように言いながら、
そのまま部屋を後にした。

そんなお母さんを目で追いながら、先輩が教授の隣に立ち
僕を教授と先輩の向かいに座らせて自分達も腰掛けた。

この場に、千夏がいない理由を僕は必死に考えた。

僕とは逢いたくないのだろうか?

不意に彼女の言葉が思い出された。

"・・・三十年後の姿なんて勝手に想像しないでください・・・"

初めて会った日に、

彼女と母親を見比べた僕に向かって言った言葉だ。

あの頃の彼女の母親のように成長した千夏が、

この建物のどこかで息をひそめているのか?

それとも、ここにはもういなくて、
「千夏は結婚して幸せな生活を送っている」
と聞かされることになるのか?

だったらあっさりと船にいる間に教えてくれても良かった。

千夏の幸福だけを祈れるように
自分自身を納得させる為の時間はたくさんあった。

実際は何が起こったのかわからず、
もやもやとした想いをずっとかかえたまま
今日を迎えていた。

ここに来れば、すべてがあきらかになるのではなかったのか?

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