満月のはなし
ベランダの手すりを夜風がひんやり冷たくしていく。

「勝手に居なくなるなよ。お前がいないと眠れない。」

急に後ろから抱きしめられ、耳元に届いた掠れ声に苦笑する。
振り返れば、ぼさぼさ頭の寝ぼけた彼が軽い口づけを落としてくれた。

「目が覚めたら月がとっても綺麗で見とれてしまったの。起こしちゃってごめんね。」

私の言葉に彼も月を見ていた。
横顔は愛しく、彼の温もりはあたたかい。

「満月だな。けどお前、体冷えてる。」

より強く抱きしめられて、思わず口許が綻んだ。

「ゆっくり過ごすの久しぶりね。なんだか最近忙しかったから。」

「そうだな。やっと落ちついたよ。」

彼はエリートと呼ばれる人で、私もそれなりの会社勤めをしている。
お互い忙しく会えないのは仕方ない、と気に病むことはなかったが共に過ごせる時間は、やはりとても嬉しかった。
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