臆病なサイモン
「だれ」
て、思った瞬間だった。
ガチで狙ったんかと思ったようなタイミングで、セーラー服がこっちを振り返る。
イモイモした顔立ち、ちっさな頭のてっぺんで、くるりと丸くなった髪の塊。
遠目でも、それが「段 このえ」だと判断する材料には事欠かない。
俺が勝手につけた、通称「ダンゴ」。
セーラー服を靡かせて、そいつはそこに立っていた。
「なにしてんの?」
そう言ったのは俺じゃない。先に屋上を占拠していたダンゴである。
で、更に言う。
「…来れば」
クレバ?
クレバって、あのクレバ?あの人超クール。リアルで聴いたことないけど、超好き。ライブやんねーのかな。一度は聴きたいんだよね生で。
じゃねぇ、「おいで」って意味の「くれば」だ。
ダンゴはやっぱり無表情でこっちを見てる。
正直、迷った。
「ダンゴ」とかち合うとは思ってもみなかったし、俺ひとりだからこそ、屋上でのフリーダムは成立するわけで。
今日はこのまま帰るかなーとまで考えた。
追試があった分、時間稼ぎは既に出来てるし、家に帰ればすぐに夕飯だろうし。
それに。
それに、ちょっとデジャヴ。
さっき、屋上開けた瞬間。
ダンゴの後ろ姿見た時、似ても似つかねえのに「オレ」が立ってるのかと思った。
ほんのちょっと昔の俺が、「忘れんじゃねーぞ」って、現実に出てきたのかと思って、鳥肌。
まだ、鳥肌たって皮膚がブツブツしてる。
正直に言う。
ナイショにしててくれよ、ブラザーアンドシスター。
ビビってたんだ、俺、この時。
細胞分裂したもうひとつの俺が、そこに立ってるような気がしたんだ。
ダンゴと俺とじゃ、明らかにちがうのに。
黒髪になった俺が、まるでそこに立ってるような幻を見てたんだ―――。
「……来ないなら、もう帰ったら」
深層心理というものの底に潜っていたら、そう声を掛けられて慌てて浮上するはめになった。
初夏の爽やかな暑さに似合わない、冷や汗がこめかみに流れる感触。
「顔色悪いよ、ヒヨコのヒト」
無表情な転入生が、俺にそう言った。
心配そうな顔も浮かべないで、ただそう言った。だけ。
で、俺は逃げた。
マジで気分悪かったのもあるけど、それ以上に、なんかヤバイもん見ちゃった気分になって。
怪しいだろ、どう考えても、あの女子、怪しいだろ。
って、バクバクな心臓が喚いてる。
まるでユーレイに遭遇したあとのような、居たたまれない、コワイ、気持ち悪い、そんな気分。
あとから考えたら情けなさ過ぎたけど、こんときゃ必死だったんだぜ、俺。
ユーレイに遭遇したんだ。
そのユーレイは俺とおんなじ顔してて、同じ身長で、多分測れば、体重もイッショ。
同じ笑い方で同じ声で、ただひとつチガウのは、髪の毛が墨汁を垂らしたみたいに、まっくろだってとこだけ。
ユーレイに遭遇したんだ。
真っ黒の髪の毛がウラヤマシイなんて俺に思わせる、俺とおんなじ顔したユーレイに。