臆病なサイモン
その「木」を避けるために、俺は必死に手足をバタつかせた。
水の膜に覆われた全感覚が鈍くて、それでも脳内は必死に動いている。
『だってまだ、なにもしてないでしょう』
その言葉通り、なにも「できない」俺。
プールに来る前だって、あんな顔させたかったわけじゃないのに。
一言、ごめん、て。
『行ってきます、お父さん』、て。
堅苦しくたって、生意気にだって、とにかくそう言えば、済んだことだったのに。
このもやもやした気持ちだって、晴れやかな気持ちになっていたかもしれないのに。
墨汁のあの日から、俺の目の前には無駄に高い壁が立ちはだかっていた。
俺はそれを壊そうともしなかった。
蹴らない殴らない喚かない。
ハナから諦めて、自分の殻に閉じ込もって、通り過ぎていく人間達とたまにお茶しながら、また見送って。
―――その繰り返しだった。
後悔や苛立ちや痛みに気をとられてばかりで、目先が見えていなかった。
「っ、が、ぼっ」
だから俺は、ぶつかった。