臆病なサイモン
(……あ、)
ダンゴの俯いた視線が一瞬だけ上がって、俺はその視線と空中でかち合う。
相変わらずこわいなー、とは思ったが、ダンゴが俺に不機嫌をぶつけることはなかった。
それはすぐに逸らされて、ダンゴはまた下を向いた、瞬間。
ブラザー、ここ、見逃すなよ。
――ガンッ。
「ぎゃあっ」
蹴った。
魔女が腰掛けていた机の脚を、そりゃもう思いきり、窓の外にぶっ飛ばす勢いで。
蹴ったのだ。
座っていた魔女は、その予想だにしなかった衝撃に握っていた「ギンギラギンに飾り過ぎてもうスマホらしくないスマホ」を床に落とした。
カシャカシャッ、と見た目のわりにチープな音を立ててデコの塊が転がる。
ん、誰がやったかって?
誰って、ひとりしかいないじゃんブラザー。
「だ」から始まって「こ」で終わる人。
で、その人は今。
「……次はお前をうったくっぞ、くそが」
それが捨て台詞だった。
俺にはなに言ってるか解らなかったが――いや、その場に居た全員、ダンゴが今なにを言ったか解っていないだろうけど。
魔女は落としたケータイに焦って、聞いていたかのかすら、怪しい。
「マジありえないんだけど!?」
落ちた衝撃でデコが一部剥がれたスマホを、魔女が長い爪で拾い上げながら喚く。
有り得ないのはおまえの爪とそのスマホだ、と思わずツッコミそうになったのを慌てて自制。
やべ、呪われるとこだった。
ダンゴはというと、魔女が牙を剥く前に教室から出て行った。
素早く逃げたってより、イライラマックスで、もうここにはいたくない、って感じ。
一気に静まった教室だったが、ダンゴやら魔女の話題が四割で再び喧騒を取り戻すのに、そう時間はかからなかった。
ダンゴはどこに行ってしまったのだろうか。
なんて。
(……多分、屋上だよな)
確信めいて、俺は天井を見上げる。
心配だったわけじゃないし、関わりたいと思ったわけでもない。
ただちょっと、魔女の隣にいるのがキツくなっただけ。
これ以上、ピーチジョンだブランドもののアイライナーだとかスマホの機種変だとか、つまんない話を聞いていたくなかっただけ。
ホームルームまであと十分弱。
俺はポケット内の鍵をぎゅっと握り締めて、屋上に向かった。